祇園祭の魔改造タペストリー物語⎯⎯昔から日本人は日本人だったらしい

祇園祭の山鉾を彩る懸想品。
その中にベルギーのタペストリーがある。
その歴史を辿ってみると、思いもよらない日本人らしさが見えてきた。
祇園祭は動く美術館の謎

京都の祇園祭は動く美術館と言われ、豪華絢爛の懸想品を纏ってることで有名だ。
私の心をくすぐったのはベルギーのタペストリーだった。
平安時代から続く神社の祭りで、外国の神話背負ってる、だと?
5連作タペストリーの数奇な運命

タペストリーは、トロイア戦争をモチーフにした連作で、もとは徳川家への献上品だった。
その後、有力な外様大名だった加賀前田家に1枚、徳川家ゆかりの保科家に4枚が下賜される。
しかし、そのうち1枚は東京の増上寺で焼失。
残りの3枚は、財政難の折に京都の商人へ売りに出された。
ちなみに販売価格は、現在の価値で1枚あたり約800万円。
こうして3枚のタペストリーが、祇園祭にたどり着いた。
問題:3枚を5人で分けるには?

京都の町衆の手元に渡ったタペストリー。
そのうちの1枚は鯉山が、残りの2枚を3つの山鉾と滋賀の大津祭で分けた。
いや、2枚しかないのにどうやって分ける?って思った?不思議だよね。
ここが日本人、というか京都人のすごいところ。
なんと徳川家の献上品、チョキチョキ切って分けちゃった。
しかも大工のノミで!
ベルギー人、というか全ヨーロピアンが大横転しちゃうレベル。
だって当時のヨーロッパでは、このレベルのタペストリー、ちょっとしたお城より高かった。
価値は1枚で数億円から数十億円。
せめて裁縫道具使ったげて?
億超えタペストリー、魔改造の夜

さらにここからが最高!
タペストリーをザクザク分割しちゃったのは、2枚を分け合ったグループだけじゃなかった!
なんと、1枚まるっと手に入れたはずの鯉山までが手を加え始めた。
だって、「ウチとこの山鉾のサイズに合わへんのやもん」。
そう言われたら仕方ない。
いや、本当は仕方なくない気もする。
だが京都人は迷わなかった。
裏地には中国から伝わった名物裂。
さらに西陣織の金襴で額縁のように彩られた。
ベルギーから来たタペストリーは、気づけばすっかり祇園祭の顔になっていた。
日本人は昔から日本人だった

日本人は昔から日本人だったらしい。
私はこの魔改造タペストリーの話を知った時、そう思わずにはいられなかった。
モチーフの宗教関係なく受け入れるとこや、自分たちの山鉾に合わせてぶった斬って、テイストがマッチするようにさらに豪華に魔改造しちゃうところが、まさに和魂洋才。
今も昔も、日本人は海外の文化を見つけると「面白そうだからやってみよう」と遊んできたんだ。
これもある意味、受け継がれてきた日本人のアイデンティティかもしれない。
はぁはぁ、なんだか胸が熱いよ。
祇園祭は日本人の”らしさ”の象徴かもしれない

そう考えると、この祇園祭のタペストリーは不思議だ。
手に入れた当時、おそらく本当の価値までは知らなかった。
「なんかめっちゃイケてる南蛮渡来の織物」だったのかもしれない。
でも、彼らは自分たちなりに消化して、祭の一部にしてしまった。
私はそこに、日本人らしさを見る。
祇園祭の新たな楽しみが増えた。
今度は私が、祇園祭を魔改造(消化)する番だ。

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